映画『THE LOOK OF SILENCE』の感想

映画「ルック・オブ・サイレンス」

ルック・オブ・サイレンス

THE LOOK OF SILENCE


○ジョシュア・オッペンハイマー監督作品

2014年、デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作

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○イメージ・フォーラム(渋谷) 他で上映中。 



恐怖と共に生きるということ


 本作は、1965年にインドネシアで起こった大量虐殺事件の遺族(被害者側)が、実際に殺人を犯した実行犯や実行犯に命令を出した当時の「司令官」(加害者側)に直接、対面し、その思いを語らせる現場を中心に構成するという、今までになかったドキュメンタリーです。

 加害者側が映画の中で見せる表情や態度は、虐殺被害者に対する偏見やその遺族が長い年月に受け続けた恐怖の経験を浮き彫りにし、いわゆる「930事件」が今もなお、インドネシアの社会に大きな影を落としている事実を明らかにし、世界的な評価を得ています。


 監督のジョシュア・オッペンハイマーは、前作「THE ACT OF KILLING で、加害者側が自ら虐殺の場面を再現し映画化する過程を撮影したものを映画化するという、これも今までにない手法で、事件が今なお終わることのなく進行していることを、見る者に突きつけました。


 1965年に起こった大量虐殺事件については、未だ多くの謎が残されていますが、はっきりしていることは、まったくの無実の罪で、しかも裁判などの手続きもないままに、多くの人々が「共産主義者」として、突然連行され殺害されたことです。その被害者は、100万人とも言われ、その多くが労働組合や農民組合の組合員でした。しかし、インドネシア国内では、今もなお、虐殺されたのは、残忍な無神論者の共産主義者であり、彼らを殺害した犯人は英雄であると教えられているのです。

(被害者遺族で本作の中心的な人物であるアディの子どもたちも教師からそのように教わり、アディにも学校で教わった通りに話します。)


 遺族は、犠牲者本人を見たこともない子どもや孫の世代も、「共産主義者」の烙印を押されて、生活のあらゆる面で差別を受け、常に恐怖の中で生きつつけざるを得ませんでした。というのは、本作に登場する加害者側がそうであるように、虐殺の実行者たちが政治権力者あるいは経済的成功者として地域に君臨していたからです。彼らが自ら犯した罪に対して、どんな意識を持っているかは、本作をご覧いただいて、実際に見てください。


 本作の題名に「SILENCE」とあるように、全編とても静かな作品です。兄ラムリ殺害の加害者たちとの対話を重ねるアディとその家族の日常の様子。穏やかな何気ない会話から次第に虐殺の実相という核心に迫っていくアディと加害者側の人物の対話。ラムリ殺害の場面を得々と解説する実行犯の2人。意表を突くようなどんでん返しもなく、淡々と進行していきます。


 しかし、静かに進んでいく映像の中で、いくつもの場面が折り重なりながら、その1つ1つに張り詰めたような緊張感を感じさせていきます。その緊張感とは、殺害者と同じ町で息をひそめて暮らしてきた被害者遺族が感じてきた恐怖です。アディは、兄殺害に関わった人物の家を訪れ、穏やかに問いかけていきます。

アクト・オブ・キリング

 THE ACT OF KILLING

 

○ジョシュア・オッペンハイマー監督作品

2012年、デンマーク・ノルウェー・イギリス合作121


2014年公開。日本でも大反響を呼び、話題となった。虐殺の実行犯が自ら嬉々として殺害の様子を再現し、それを映像にとらせて再現映画を制作するという過程そのものを映画化した。

 

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 そして、失望するのです。

 彼らは、兄を殺したことに罪の意識を表すことも後悔している素振りも見せないと。ある者は、ただ命じられたことをしただけだと言い、ある加害者の遺族は何も聞いていないと偽り、有力な政治家は、昔のことを掘り返せば同じ殺戮が繰り返されるだけだと恫喝します。


 殺害者を許したいというアディの思いは、加害者側のそのような有り様によって踏みにじられ、相手に届くことがないのです。はたしてアディの試みは無駄だったのでしょうか。



インドネシアの50年、日本の70年


 事件から50年が経過し、関係者の多くがすでに世を去っています。

 被害者側も加害者側も、孫・ひ孫の世代となっています。(アディの子どもたちが無邪気にアディにたわむれる場面が何回もあります)加害者側が、真実を語らないのは当然として、被害者側も虐殺事件を語ることができませんでした。先に述べたとおり、そのようなことをしたら政府・軍から何をされるかわからず、地域社会でいっそう、つらい目に合うのは必然だったからです。


 インドネシアでは、この事件によって成立したスハルト独裁体制の下、自由は著しく抑圧され、真実を語ることは身の危険を意味していました。加害者側が、権力や利権を手にし、被害者側が同じ空間で生きるため沈黙を、SILENCEを強いられてきました。

 

 インドネシアの事情に通じた企業駐在員のような人々は、インドネシアの腐敗し無責任な政治体制に、ひそかに軽蔑のまなざしを向けてきたことでしょう。スハルト体制の下、権力を持つものが利権漁りに走るような状況の背景には、誰も大量虐殺に責任を負わず、そもそも大量虐殺を正当化し、英雄的な行為と称賛してきたため、その英雄たちの行いを正すことなどできないし、また彼らも社会の支配者として当然の権利を得ただけと考えてきたことがあります。

 そのスハルト体制が崩壊したのは、1998年。17年間経って、ようやくの遺族の中から、真実に光を当てようという、「無謀」な行動が起こす勇気ある人物が現れたのです。

 

 この映画を観た若い世代は、今まで大人たちが教えてきたことが偽りであり、大人たちによって真実が隠されてきたことを知りました。

 今、本作は、インドネシア各地で、大きな反響を呼び、時に権力による妨害に会いながらも、次々に上映されているそうです。事件から50年が経過し、多くの関係者が亡くなって、直接、事実を知る機会はますます少なくなってきています。時間的にはぎりぎりとはいえ、インドネシアが自らの歴史に向き合う最後のチャンスが切り開かれようとしています。アディの無謀な試みは、インドネシア社会を大きく揺さぶっています。

 

 日本の私たちは70年です。この70年の間に、いくつかもの光が真実を照らし出してきました。しかし、今またその光を消し去り、加害の事実を闇の中に引き戻そうとする力が強力に上から働こうとしています。私たち一人一人がアディとなり、オッペンハイマーとなるには時間があまりに残されていません。この映画は、私たちに、真実を明らかにする勇気が大切だということを、改めて訴えています。戦後70年を経て、今が、ふたたびSILENCEの呪縛を強め沈黙を強いようとする権力に抵抗する時だということを。               (O.N.A.



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