神奈川歴教協(かなれき)

最近の「かなれき」の動きについてご紹介します

学習会のお知らせ

「新学習指導要領どうする?何が、どう変わるのか?何ができるか?」学習会を開きます。

 

  • 2018年7月1日(日)14:00~16:30
  •  場所は、法政二中高――武蔵小杉(南武線、横須賀線、東横線)より歩いて10~15分の法政二中高(昨年の全国大会会場)時計塔校舎2階です。
  • 講師は、石山久男さん

 

新学習指導要領、道徳などの今の課題にわかりやすく答えて下さいます。


石山さんは歴教協の代表として、事務局長、委員長など歴任され、子どもと教科書全国ネット21代表委員として、教育の諸問題に携わり、その中心として活躍なさっています。


 新学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」、授業時数増加、英語の教科化、道徳の教科化、「公共」「歴史総合」の新設、国の法律によって、一律の学力を決め、教育目標も、内容も、方法も、評価までも幼稚園から高校まで細かく規定しています。実際、学校では何がどう変わろうとしているのでしょうか?何ができるのでしょうか?日頃の疑問を出し合い、一緒に学びあいましょう。

 

新指導要領学習会ー講師:石山久男さん―の報告

 学習会は29名の参加にて終了しました。

 参加者は、千葉からも東京からも、大学生も、新しい人の参加も目立ちました。石山さんの話は、難しそうなことでもやさしくわかりやすく話して下さるので好評でした。

 講演の後に行われたグループでの話し合いは時間が足りないくらいでした。

 

 20~30歳台の参加者の感想の一部です。

◆「政府の教育の私物化」によって、幼稚園から大学までつらぬかれていくということで、恐ろしさを感じました。しかし、このような中で、教育を行っていかなければならないわけで、難しさをかんじました。けれどもいろいろな「切り口」から変えていくことはできるということなので、声を上げていくことは大事だと思いました。

◆実際に教える身として、指導要領に対しては、批判的な見方も忘れないようにしていきたいと考えています。

◆教育と政治とが、こんなにも絡み合っているとは、思わず、驚きました。いかなる言説にもブレず、柔軟さを併せ持つ軸(教育観)をつくりたいと思いました。

◆実際に運用されることが決まっている以上は、これを踏まえた上で、どのような授業ができるのか、を考えていかなくては、と思いました。

◆現場の教員は、学習指導要領をしっかり学んで(研究して)いるかというと、疑問があると思います。だからこそ、上から言われたことに対して反論のしようが無いし、矛盾があったとしても、そのまま通してしまう可能性もあると思います。教師の「学ぶ機会」を保障することができなければ、日本の教育の限界がみえるのではないか。

◆高校「公共」において、憲法のことを取り上げないということに、非常に危機感を持ちました。

 

 

 

新指導要領学習会
7月1日の学習会についての詳細がわかります。
新学習指導要領学習会.pdf
PDFファイル 218.9 KB

フィールドワーク・・・国立歴史民俗博物館(歴博)へ行こう!

2018年4月1日(日)、26名の参加で実施されました。

 

 これは「佐倉の桜ーガラス屏風」です。入口を入って売店側の大きなガラス窓を見ると…見事な満開の桜が私たちを出迎えてくれました。

 

国立歴史民俗博物館見学   201841

はじめに 

1016分京成佐倉駅からバスに乗り、歴博玄関前に到着。歩いて行った人ももちろんいました。

 館内に入り、売店側を見ると、ガラス屏風に見事な満開の桜が「描かれて」いました―それは本物の桜です。売店で絵がガキとして売られているほど美しい光景なのです。

 「見学」と書かれたものを首に下げて、午前中は自由見学タイム。多くの参加者が企画展の「世界の眼で見る古墳文化」を見た後、それぞれの展示ブースに散っていきました。(ちなみに私はお目当てだった第6展示室を見学した後、外の桜の下で昼食をとりました。) 

 

ガイダンスルームで

1250分再集合し、まずは参加者の自己紹介。神奈川歴教協のみならず、非会員の方や東京・千葉の方も合わせて総勢26人。そのあと横山さんから歴博についての説明がありました。以下横山さんのお話の概要です。

-この博物館は、有名人や有名なものばかりの展示ではなく、人々の暮らし、生活や社会がわかる展示を追求している。1968年明治維新100年の記念事業として作られた博物館だ。しかし、初代館長井上光貞さんや歴史学者・研究者などが「明治100年の顕彰」に反対し、先述のような趣旨での設立となった。

 正式名称は、「大学共同利用機関法人、人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館」という。このようなところは全国に6か所ある。(立川:国立国文学研究資料館、大阪:国立民族学博物館、総合地球環境研究所、国立国語研究所など) 大学や諸機関との共同研究が主で、そこが運営している博物館だ。

 1990年代からは博物館を市民がどのように使えるものにするかが課題となり、博物館で「モノ」を介して館員と対話し、研究も進めていくというスタンスになった。

 今は博物館型研究として、モノを集め展示し、研究を進めている。しかし、研究に追われ、市民への貢献度はアップしていないかもしれない。展示するものは、客集めのためのものはだめで、あくまで研究対象としてのモノだ。――

 以上のようなお話の後はいよいよガイダンスルームから階段を下りて「第3展示室」へ。歴博は広くて全部歩くと4kmになるとのことでした。

 

 

第3展示室

3展示室は、2000年代前半までの研究成果の展示がされているそうです。2008年にリニューアルしたとのこと。以下、断片的ではありますが、メモを起こしていきます。

全体を①国際社会の中の近世日本 ②都市の時代 ③人とモノの流れ ④村から見える近代、の4つに分けて展示してあるとのことで、入口の壁には「世界の中の日本」として「萬国絵図」があり、静かに流れている音楽は、シーボルトが日本を音で表したらこうなるということで作ったもの。「萬国絵図」は17世紀前半にかかれたもので、世界にはどんな人がいるかを表している。男性が武器を持っているのが共通のようです。

 

ついで登場したのは、大きな「江戸図屏風」天守閣のある江戸城が描かれ、家光の世はめでたいという絵だそうです。面白いのはその絵の中に傘などで顔が見えないようにして家光が17人描かれているということで、指摘されて見てみると確かにいました。また、朝鮮通信使も描かれています。


絵図の次は、「モノ」ー生糸の輸入国から輸出国へと移り変わるさまがわかる展示へ。初めは銅(オランダに)、昆布、いりこ、などを輸出していた。横山さんの高校教師時代のいりこを生徒達と食べる寸前までいったのに梅雨時特有の状況が発生し、食べることができなかったという実践話は興味深かったです。味の感想も聞きたかったのですが…。

鎖国の4口のうち、【琉球】のコーナーでは那覇の港を描いたものが展示されていました。丸に十の字は島津のマークで、ここが昆布の中国へのルートの一つだった。

 

【長崎】は出島の図で、オランダとのやり取りは双方向で、日本側は蒔絵などを注文で作っていた。陶器や磁器も。

 

【蝦夷・アイヌ】では、アイヌの人の生業が絵巻物となっていました。アイヌは、北海道アイヌ、樺太アイヌ、千島アイヌということを知りました。その中のウルップ島ではラッコ漁が行われていたそうで、ラップ島ともいわれるくらいで、ラッコの毛皮はテンのそれより高級だそうです。(どっちにもなびく毛皮で、「ラッコのような人」というのはどっちにもなびく優柔不断な人のことをいうそうです。)ラッコ漁は危険を伴うが、長崎経由で中国へと輸出された。(1760年代から1810年代で年間1000枚)また、輸入された蝦夷錦は煙草入れ等にした。

 

兵農分離、人々の知識への期待、村落運営などが要因となり、文字の役割が大きくなっていった。そこで寺子屋が必要になり、19世紀に増加した。歴博ではその寺子屋を再現(?)しており、ボランティア100人ほどが訪れた子どもたちに対応しているそうです。

寺子屋の基本は自習で、今でいえば公文式の教室のような感じだった。子どもたちは一律にこれをやりなさいと言われるわけではないので、いたずらをする子もいたようで、やかましくもあった。筆子塚によれば千葉県だけで3300人の師匠がいたというのには驚きました。全国には何万人いたことでしょうか。

近世の研究の大半は古文書を読んで復元などをしているので、近世の展示ができるそうです。横山さんが豊かに語る近世の社会の様子はその文書を読み解くことによっていることがわかりました。

 

【地図】目に飛び込むのは伊能図。伊能忠敬は基本的に海岸線を歩いたので内陸部の記述はない。床にはその伊能の歩幅が描かれているので、それを踏んで歩いてみると、一歩の歩幅が長く、健脚だったことがよくわかりました。また、このコーナーには入口で見た「萬国絵図」の現物がある。

 

【日本橋近辺のジオラマ】防火のために町が三角形に作られているのがわかる。もともとは移動式の店であった「床店」では、古着などが売られていた。そこで働く人や荷担ぎの人夫、こじき、道具を持って歩く職人(髪結いなど)、なども配置されている。長屋や防火用の桶、河岸につないである船や動いている船なども配置されているので、「〇〇を探してみよう」とジオラマを活用できるようになっている。それらの「モノ」も想像ではなく絵図などから復元したものだそうです。

 床店は初めは屋根が板葺きだが、定着すると瓦屋根になるという。

河岸の近くは一等地で大店だとその間口だけ船を接岸できるから、大きいところは横づけで、狭いところは縦に船を接岸している。江戸の9割が不在地主なので、町の人たちの構造も三重四重の構造になっている。

 女髪結いは基本禁止されていて、道具を担いでいるのは男用の髪結いで、女性相手の人の荷物は髪漉きの櫛とびんつけ油を風呂敷に包んでいるだけ。(客の職業にもよるが、ふけとりが主で、洗うのは月に1回ぐらい。すいて油をつけて結わく。)髪結いは株を持っていて、「まわり髪結い」は、その町内で株によって認められている範囲でしか営業ができない。そして株をもっている人の代わりに上納する。「髪結い床」もある。「髪結いの役」をする代わりに権利をもらったものもいる。その「役」とは、汚い囚人の髪の毛を切るというものだった。そういう「役」を勤めるのは江戸時代一般的なことだった。質屋が床店の株を買ったという証文もある。

 非人は死刑の手伝いをしていた。

 物売りが多いのは、江戸は土地代が高いので店を持てないからで、表店商人は道に面して店を出せる。裏長屋の人たちは路上で商売をする。もとは棒手振りだった。床店の営業は幕府に申請してからだが、振り売りに関してはそこまでの制約はなかった。

 

 【都市の文化】絵草紙、今でいえばブロマイドは振り売りではなく、店で売っていたようだ。

 

 【着物】展示されているのは、公家・武家・町方のもので、農民のそれがないと思いきや隣のコーナーにあった。北前船で都市から出たボロを運び、そのボロを裂き織にしてまた床店で売るということをしていた。染料には紅花を使っていた。展示してある北前船で昼寝をしている船員がいるのは、積み荷がボロと塩だから腐るわけでもなく急ぎではないからだという。(なんと芸が細かい展示なのだと思いました。)

 

 【北前船のルート図】扱っていた荷は、布(ボロ)だけでなく、サケやニシン(干して砕いて魚肥にした)、魚油など。

 

 【おかげ参りの絵】しゃもじを持っていき、差し出すと地元の人は何かをいれてあげることになっていた。

 【生糸の輸入国から輸出国になったことがわかる展示コーナー】メタルガヤ(植物)の湿度計で湿度調整をしていた。技術+工夫(?)+商売の仕方がそのカギだったようです。

 

 【菅野八郎】よく目にするペリーの顔と文章の作者である菅野八郎は一揆にも関わり「世直し八郎大明神」といった。福島県伊達市にある大きな石には「八老魂留此而祈直」(八郎の魂ここに留まりて直なることを祈る)と彫った。(菅野八郎 18101888年)

 

学校で使える教材

3展示室見学の後はガイダンスルームに戻って、主に小林さんと島さんから学校で使える教材についての説明を受けました。

 江戸図屏風

    床置きパネルは、1.4倍の大きさで、床に置いて靴を脱いで上がって絵を見たり、描かれたものを探したりすることができる。

    ミニチュア版(実物の2/5サイズ)

    ジグソーパズル

    Web―デジタル画像―すぐに拡大ができる

 洛中洛外図屏風

 戦争ポスター (例:「この仇は俺たちが討つ!」「翼だ油だ増産だ」「少年産業戦士募

集」「砲弾羊羹」「大東亜戦争だ必ず勝つのだ」

 すごろく

 

 展示されていたものがより身近に感じられる教材で、子どもたちは夢中になって取り組むだろうと思いました。(実際私も絵図から何かを見つけたりパズルをやったりして面白かったです。)

 博学ルートということで、子どもたちと来館すると無料。寺子屋体験、古代の衣装を着る体験、中世の食事盛り付けなどの体験ができるほか、小学生向けワークシートも用意されています。

 それぞれ宅急便で学校まで送ってくれるとのことです。

 

 参加者の感想はー

*再度見学したいと思うほど充実した施設でした。

*大人だけでなく、実際子どもの利用者も多く驚かされました。本当に奥が深い内容なので、またタイミングを見て来てみたいと思っています。本当に来て良かったです。

*自分1人だけで観ていたら見逃してしまうような事柄も、講師の方の丁寧な解説で新たな発見として味わうことができて有意義な時間でした。また、学校での資料の使い方の案内をして頂いたことで、教材として身近に感じられました。機会を見つけぜひ活用したいと思います。

*初めて歴博に来ましたが、展示室の広さ、展示品の多さにおどろきました。横山先生の開設と共に見る見学会は、非常に楽しかったです。

*文献を読みこんで、具体的な形でていねいにつくりこんだ資料のおかげで、人々の暮らしを鮮明な形で見ることができ、よかったです。…(中略)…歴博があまりに遠いのが残念です。今回見学した展示を授業に活用できたらと思います。

*見学じたいもとても充実していたが、それ以上に横山さんの解説つきで見学できるなんてとてもわかりやすく、スーッと理解できました。一度は目にしたことのあるものでも、奥が深く、近世にぐんぐんひきつけられていきました。

*横山先生の説明により、1つの絵、1つの模型から、様々な意味があることがわかりました。これから博物館に行くときには、そこに描かれたものや作られたものの意味を考えながら見学できそうです。

*視聴覚資料、特にデジタルデータとされた画像を用いて授業を展開してみたいと思いました。

*横山先生に解説していただいて、知らない事がたくさんあって、生徒に教えるときに役立ちそうですし、自分自身もっと調べなくてはいけないことがまだまだあるなと感じました。博物館の貸し出し資料を使って江戸時代の授業をすると生徒も楽しんでくれると思いました。

*一人で見ているだけだと、ただ素通りしてしまう様なところも説明していただけて良かった。

*歴博は初めてでした。資料多くて一部分の見学でしたが、国の施設は立派で見ごたえがありました。

*大変勉強になりました。特に横山さんのお話にもあったように、庶民の生活を中心に展示している点がよかったと思いました。また、関東大震災での朝鮮人虐殺のことも言及していた点はよかったと思いました。

*はじめて歴博に見学に来たのですが、貴重な資料が1日では見て回りきれないほどたくさん所蔵されていて驚きました。また、横山先生の解説が大変おもしろく、同じ説明を子どもたちに聞かせることができたら、たくさんの生徒が歴史学習に対する関心を高めることができるなあと感じました。

*歴博には、何度もきていますが、そのたびに変化し、発展し、充実していることを感じます。歴教協の方々がその力に加わっていることをとてもうれしく頼もしく感じました。

*横山さんの説明はどれも非常に興味深く、お話を聞かなければ(展示を見ているだけでは)分からない多くのことを学ばさせていただきました。

*学校向けに教材として貸し出すサービスがあるなど、教育への関わりを重視した歴博の姿勢はすばらしい。特別展のはにわ、古墳は豊かな内容で圧倒された。

 

 

                      (NY記)

ミニフィールドワーク・・・高麗博物館へ行こう!

<<< 高麗博物館へ行こう! >>>

 

  2018年2月25日(日)新大久保にある高麗博物館見学を行いました。参加者は10名。  

 


 博物館のボランティアの方の説明を聞きながら収蔵品の展示を見たり触ったりしました。

そして、チョゴリの体験もしました。男性用は「パジチョゴリ」、女性用は「チマチョゴリ」といいます。ルーツは日本の着物と一緒という説明に一同感動。

 


写真左…ペ・ポンギさんをモデルにした「慰安婦」像

写真中…刺繍による「朝鮮半島」

写真右…安重根の書にある「手形」

 

         高麗博物館 見学記

 初めての蔵出し収蔵展は、見所満載でした       

                

【 新大久保のコリアタウンは様変わり 】

3月25日、高麗博物館の見学に参加しました。多くの学びと感動の体験をつづりたいと思います。

1145分、新大久保駅に8人が集合しました。改札を出たところの道路はごった返していて、人が行き交うのもやっとというほどでした。駅からコリアタウンへ向かいましたが、右を見ても左を見ても、ほとんどが若い世代で、驚きました。私が訪れた今から十数年前とはその光景は全く違っていました。2002年の日韓サッカーW杯開催の際には、両国の若者が集い、大型スクリーンで観戦し「友好の象徴」と呼ばれた新大久保。さらに韓流ドラマブームがおきていたからでしょう。中高年の女性の姿も多く、韓流グッズを楽し気に買い物をしたり、食事をする様子を見かけたものです。しかし、その後2013年以降の、ヘイトスピーチデモなどにより商店街を訪れる日本人の買い物客も激減し、今年の1月には、かつて「友好の象徴」となっていた店も閉店したと聞いていました。慰安婦問題を、10億円でことを済ませたとする日本政府。本質的な解決への道を求める韓国政府。この乖離が、新大久保にも影を落としているように思いました。早く日本人がまた多く訪れる街になる日が来ますように。

ちょうど食事時間でしたので、コリアタウンは大賑わいで、食べ物屋には、どこも行列。その人混みをかきわけながら、Nさんが予約して下さった「イタロー」にようやく到着。楽しいランチタイムになりました。私は、チーズ入り石焼ビビンバを注文し、なかなかの美味でした。[高嶋道1] 満腹になったところで、目的の博物館へ向かいました。

 

【 高麗博物館の特別展 】

 第二韓国広場ビルの7階にあるこの博物館に着くと、メールで申し込みをされていたHYさんが待機されていました。早速博物館の説明を村上さんからお聞きしました。「日本人と在日韓国・在日朝鮮人市民によって日本とコリアの交流を願って歴史博物館をつくろう」との主旨で1990年に「つくる会」が発足。以後学習やイベントなど地道な活動を積み重ねて、NPO法人として2001年にオープンしたとのこと。この博物館のフロアスペースは、ビルの持ち主の提供によるもので、運営資金は寄付と会員による会費で、仕事はボランティアの活動でまかなっているそうです。静かな口調でしたが、熱い志が伝わってきました。(途中からSさんが参加)

淡々とお話された中で、とても、気になることがありました。ここは民間の博物館なので、自分たちの判断で展示ができます。昨今は()公立の博物館では、自己規制がおこなわれることもありますから。例えば、佐原の国立歴史博物館でも展示できなかった河目悌二の描いた『関東大震災朝鮮人虐殺図』をここでは展示しました」と触れられたことです。この絵は、私も関わっている学び舎発行の中学歴史教科書(P217)のコラムに掲載されているものです。歴博もそのような判断をするのでしょうか、信じがたいことです。事実を確認したいと思います。

今回の展示物は初めての蔵出しで、どれも貴重なもの。 所狭しと並べられた60点ほどの展示物について、岩橋さんから丁寧な解説もいただき、大変勉強になりました。

印象深かったもののうちいくつかについて、ご報告します。

 

 *素焼きの「ハルモニ像」。 沖縄で従軍慰安婦にされた朝鮮出身の女性がモデルだそうです。膝を立て、両腕で頭を抱え顔を埋め込んだ姿。その悲しみの深さをそっと抱くようにふっくらとした像です。外側には田園風景も描かれています。彼女の故郷でしょうか。柔らかで温もりのある色彩で、作家金九漢さんのやさしい眼差しを感じました。(写真あり)

 

 *安重根の獄中書はソウルの記念館で何度も見ているのですが、複製とはいえ、この日本で見ていることに静かな感動を覚えました。落款印として黒々とした手形が押されています。(写真あり)

左手の指の一節目が欠けています。1909年の正月、「断指同盟」の血判状をつくった際に実行されたのですが、決死の覚悟が生々しく、強い意志が伝わってきます。

 

 3・1独立宣言文  191931日に街頭で撒かれた宣言文(コピー) 文面は知っていましたが、原寸大の形として見たのは初めてでした。

 

*刺しゅう絵画「無窮花」 実に美しい刺繍です優れた工芸品です。目を凝らして見ると無窮花を巧みに配置してあり、そこには、朝鮮半島が描かれているのです。2008年まで川崎の桜本で暮らした方の作品です。朝鮮民族の統一国家を夢見ての悲願の思いが溢れていました。(写真あり)

 

*その他

青磁や白磁の花瓶や壺、器各種にも心惹かれました。安らぎを感じます。

日清戦争時の錦絵(そのプロパガンダ)、朝鮮銀行券(お札の絵はすべて武内宿祢だった!

朝鮮の楽器、琴、銅鑼、 笛、鼓、太鼓も、演奏を聞きたかったです。

 

*極め付けは婚礼衣装の着用でした。気品の漂うお二人、写真をごらんください。

 

なお、今までの企画展は、どれもパンフレットにまとめられ、販売されています。『失われた朝鮮文化遺産』(2009年)『朝鮮料理店・産業「慰安所」と朝鮮の女性たち』(2017年、)

『焼肉・キムチ大好き 在日の食文化と日本』(2011年)を購入。とても読みやすく、まとまっていて夢中で読みました。教材にも利用できると思います。

今回の企画展は4月1日までです。

次回企画展は、「在日韓国・朝鮮人の野戦後  語りと写真で見る」です。(4月4日~7月1日)

 

今回の見学で、日本人・在日韓国人・在日朝鮮人が、原始以来の長い交流の歴史に向き合い、現実を見つめ、さらに未来を見据える貴重な博物館であることを実感しました。今後、展示のほか、講演会や、連続講座などにも参加してみたいと思います。       (TM記)

 

 

ミニフィールドワーク 高麗博物館へ行こう!
2月25日のフィールドワークのお知らせです。
Microsoft Word - ミニフィールドワーク 高麗博物館.pdf
PDFファイル 125.8 KB

2017年 神奈川/関東大会に、869名が参加!!

 「神奈川/関東大会」は、8月3日のプレ企画から8月7・8日の現地見学まで、たくさんの参加者とよい天気に恵まれて、無事終了することができました。

 

 全国から、そしてもちろん神奈川県内から参加して下さったみなさまのおかげで、869名の参加者を得て大会は成功裏に終わりました。

 参加者のみなさま、ありがとうございました!!

 

 

 プレ企画では、山田朗明治大学平和教育登戸研究所資料館長の講演では、秘密戦について学びました。その後は、「保存の会」の方々や資料館スタッフのご協力のもと、構内見学・資料館見学をみなさんにしていただくことができました。

 

 8月4日の開会集会では、映像と本人も交えた朗読劇構成の現地報告、金平茂紀さんによる記念講演ともに大好評でした。

 

 8月5・6日の分科会では、各分科会で活発な議論が交わされました。

 

 6日午後の閉会集会の第一部…中学生による朗読劇では、大空襲の日の緊迫感まで伝わってくるようでした。高校生と大学生による2つのグループの活動報告は、活動内容が深く、素晴らしいものでした。

 

 第二部では、参加者による力強い感想を聞くことができました。

 そして、神奈川から京都へ!―バトンを渡しました。来年の開催地京都からは、「(自分一人ではなく)必ず1人連れて京都へ来て。」という力強いメッセージをいただきました。

 

 7日(憲法の源流をたどるコースは7・8日)の現地見学では、それぞれの場所(行き先)で新しい発見や学びがあったと思います。

 

 学生や若い教員の「若手スタッフ」の姿を、道案内から始まって随所で見られた方も多いことでしょう。たくさんの若者が参加して大会を盛り上げてくれました。

 

 明治大学、法政大学第二中・高等学校に集まってくださったみなさま、また、陰で支えて下さったみなさま、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

Facebookもぜひ見てください。【神奈川県歴史教育者協議会】で検索してください。

 

 >>神奈川/関東大会関係の詳細ページへ

 

          

 ▼その他の活動の詳細は下記の各ページをご覧ください▼

 

総会・研究集会

 フィールドワーク

 


 

NEW!川崎支部 6月例会の報告をアップしました。

次回例会は9月8日(土)

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NEW! 第9回Youth Salon の報告と次回Youth Salon例会のお知らせ

次回Youth Salonは 

9月15日(土)

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 NEW!本部主催「授業づくり講座」7月講座の報告をアップしました

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NEW! 7月の湘南支部例会の報告をアップしました。

次回湘南支部例会は 

  9月21日(金)です。

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NEW!横浜支部例会の報告をアップしました。次回横浜支部例会は2018年10月5日(金)です。

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 4月1日のミニフィールドワークの写真と見学記をアップしました。

 2月25日のミニフィールドワークの写真と見学記をアップしました。

 横浜市上郷深田遺跡についての冊子をアップしました。

全国大会報告のページ・神奈川歴教協のページアップしました。現地見学Fコース見学記をアップしました。>>詳細ページへ


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