師走の横浜・関内、もう一つの夜を歩く

~高沢幸男(オリジン)さんのお話と寿越冬闘争ボランティア体験~


 日本の貧困問題を考える

 

 2014年12月29日(月)、表記のフィールドワークが行われた。

 夕方4時30分、JR根岸線石川町駅北口に神奈川歴教協会員の4名が集合。県ニュースや歴教協の全国メールなどで、県内だけではなく近隣諸県の方々も対象として案内したが、暮れのそれぞれ忙しい時期とて、残念ながら参加者は少なかった。


 前夜から、路上生活者への訪問活動(人民パトロール、夜パト)が始まったということで、既にそれにも参加されたというTさんの案内で、横浜市寿生活館に向かう。生活館の向かい側の寿児童公園では、この日から始まった雑炊の炊き出しが賑やかに行われていた。


横浜・関内 寿児童公園のボランティア

 

 準備は朝の9時から始まり、午後4時に配食スタートという。1000食の雑炊が大きなポリバケツに用意されており、我々が到着した折には、かなり長い列ができていた。この日は700食ほどが出たという。

 

 大学生と思われる若い男女が大勢、ボランティア活動に参加しているようだった。オリジンさんは拡声器で案内をしたり、全体を統括して、忙しく動かれていた。

 

炊き出しの雑炊 

 

 まずは雑炊を食べることが今日のフィールドワークの始まりですよ、と勧めてくれ、我々も列に並んで雑炊を受け取った。器にあふれんばかりに盛られた雑炊は、野菜類もしっかりと煮込まれ、辛過ぎもしない程良い味付けで、雨が止んだばかりの寒空の中で身体を芯から十分に暖めてくれた。

 女性陣にとっては、やや量が多かったようである。

 

 生活館の4階会議室でオリジンさんの話が始まったのは、6時近くになっていただろうか。いい機会だからと、ボランティア活動に参加されていた三人の男子大学生がオリジンさんに連れられて来て一緒に参加された。


 現今の野宿者(路上生活者)の前職を見ると、日雇い・非正規が約3割、正社員が約半数で、これに自営を加えると約6割となる。つまり安定していると思われていた常勤・自営などの仕事をしていた人が、多く野宿生活に至っているのである。

 野宿生活者が激増する時期は、1997年からで、失業率が急増する97年後半に当たる。グローバリゼーションで海外に安い労働力が求められる見返りとして、高度成長期以来の終身雇用制の崩壊と大きく関連していると見られる。(野宿者の平均年齢がここ数年で50歳代から60歳へと高齢化が進んでいるのも、高卒年齢以前から就労した集団就職世代と重なっているからであろう。中小企業でようやく管理職に届きそうなところでリストラに会うとか、「寅さん」のたこ社長のような小工場の倒産などが思い浮かぶ。)当時の橋本政権による緊縮財政も、アジア経済危機を生んだ要因である。

 神奈川県における有効求人倍率は、良くなっているとは言っても0.8。依然、1倍を切っており、構造的に誰かが失業する状況となっている。生活困窮者が新たな困窮を生み出してもいる。奨学金の問題もそれである。4割が滞納となっており、大学卒業後、就職して返済できなければ、その負債は親へと転嫁されることとなる。元々生計補助のために借りた奨学金である。さらに家計を圧迫することとなるのは自明であろう。


 2月の寒い中、公園で水浴びをする40代の野宿者に会った。年度末の決算期にのみ、仕事にいけるからと言う。履歴書で住所などはごまかせるが、においで住居を持たない路上生活者であることが分かると、仕事を得られなくなるということである。(話の後、寿町を歩いた折、「コインシャワー」というのが目に付いた。「コインランドリー」はよくあり、学生時代から就職後10数年間、銭湯のついでに利用していた。)越冬闘争は様々な事情を抱えた路上生活者にエールを送ることである。安心して野宿できる社会にしなければならない。


学生のボランティアと意見交換

 

  オリジンさんが、7時からの集約会議に出ると退出された後、学生3名の話を聞かせてもらえた。ボランティアに参加した経緯、将来の希望など、真剣に考え、現在に取り組んでいる姿勢が感じられた。彼らも高校の先生と、こうして話すのは初めてで良かったと言ってくれ、8時に散会した。

 

 食事を済ませ、9時の集合時間にやや遅れて児童公園に到着すると、そこには既に50人以上の人が集まっていた。横浜駅方面と寿町・関内方面の二班に分かれてパトロールに出発することになる。人数があまりに多く、当初より早めに切り上げる予定であった女性2名は、ここで参加を辞退し、そのまま石川町駅へ向かわれた。残った男性2名は、関内方面へ向かう班に参加。参加人数は32名と聞いた。

 パトロールは路上生活者にスープを配るのをメインに、毛布など路上生活に必要な物があれば、提供するというものであった。既に寝に入って、横になっている方が多いので、話しかける時には、上からのぞき込んで、「上から目線」にならないよう、腰をかがめて、まず「こんばんは」と切り出し、訪問意図を告げるように、と注意された。健康上の問題、自分では分からないことを質問された時には、近くのスタッフや経験者に相談するようにとのことであった。


 まず寿町総合労働福祉会館。2階ピロティに20名ほどの段ボール箱による寝床が見られ、半数ほどが休まれていた。この施設は2年後には無くなっているという。横浜文化体育館には、3名分の寝床があった。日ノ出川公園、大通り公園は、かつて野宿者がいたこともあったが、最近は見られないという。それでも念のためにと回ってみると、大通り公園の伊勢佐木長者町駅へ下る階段部分に一人いたものの、スープはいいよと断られた模様。大通り公園入り口の横浜市教育文化センターは廃止されたが、建物はそのまま。厳重な囲いがなされ、路上生活者が入れないようにされている。

 

 地下鉄への地下通路に羽衣町側から入ると、高速道路上の通路に20人ほどの路上生活者がいた。地下鉄関内駅北口の付近には路上生活の用意もなく横になっている方が1名。話を聞く過程で、体調も優れないようなのが分かり、寿町の簡易宿泊所へ送ることになったようだ。地下通路を南口へ抜けて、市庁舎側の出口から地上に戻る。市庁舎周辺も入り込めないようになっており、手前のビルに庇となる1階のスペースがあり、そこに何人分かの宿泊施設が備えられていた。中に二つほど、個人用のテントが見られた。Tさんによると、米軍から提供されたもののようで、これに入って寝入られていると、声をかけても起きて来ず、その人の状況が一切分からないため、かえって困りものだという。

 

 JR根岸線関内駅前で、トイレ・煙草休憩に入ったので、10時40分頃、私はここで失礼することにして帰宅した。初めての夜パト体験、たいして役に立てたとも思えないが、かなり大勢の方が、こうした催しに参加されており、現今のおかしな政治・社会情勢に問題意識を持って臨んでおられることを感じられ、勇気づけられた一夜であった。 


(神奈川歴教協 T.I.)



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